自力投資の果実はすべて自分への見返り、当然に投資の失敗も自分が負います。

投資の結果は自己責任だと良く言われますが、わざわざ自己を付けて強調しなくてはならないのは、甘えた人ばかりがいるからです。

人生に置いてほとんどのことは自己責任です。
純粋に他者の責任に帰することは非常に少なく、例え環境や切っ掛けがどうであれ、判断して行動した責任の大部分は自分に帰します。
しかしながら、社会が悪い、政治が悪い、お前が悪い、あんたがそう言ったからなど、子供のようなだだをこねる甘えの構造の中にいる人がたくさんいます。

このような人は投資をする資格のない人であり、その能力のない人でもあります。

あなたは投資家

リスクを背負うから、リターンがあります。
あなたが判断し、あなたが動くから、利益はあなたの独り占めになります。それが投資家であり、事業家です。

自己責任は、何か突き放した言葉ではなく、あなたが投資をして行く上で利益を得る基本であり、金科玉律にする言葉であり、座右の銘にしてもよい言葉です。
それは投資は自力だと言う事を意味しているからです。自立して、両足で立つことが大切です。

あなたの投資は、あなたこそ詳しいのです。
着目した理由、展望や見通し、資金配分、許容出来るリスク、許容出来る時間など、誰にも判断が出来ません。
自ら考え、決断して、実行し、誰かに判断を仰ぐことは、極力避けるべき事です。

自己責任とは、自立することです。

もちろん、誰かの意見を参考にしてはいけないと言うことを言っている訳ではありません。
こういうことを言っている人がいると言う情報も含めて、情報を吟味し、裏を取り、自ら考えて判断する、あなただけの投資行動が必要です。

誰かがこう言ったから失敗したと言うような言い訳は、自ら何も考えていない木偶の坊を白状することと同じであり、投資する資格もないことを示すことになります。

烏合の衆と嘘の世界

傷だらけの人生と言う歌に、「右を向いても左を見ても馬鹿と阿呆の絡み合い」と言う歌詞がありますが、株式市場や投資の世界は、まさにこの歌詞の通りの世界です。
とんでもない高値を買い、捨て値のような安値で投げてしまうと言う事が、相場の世界では日常茶飯事に起こります。
「あなたが投げたそこが底」と言う訳です。
過去のチャートで見てみても、この集団ヒステリーの記録ばかりなのです。
そのような相場を作っている馬鹿と阿呆の言う事をそのまま真に受けると、まさに傷だらけの人生になってしまいます。

しかし、どんなに理知的な人でも、自分のお金を投じて相場のさなかにいると、欲と恐怖に囚われ、幼稚園児並の思考能力になりがちです。
証券会社の自己売買部門の優秀なトレーダーでも、自分のお金では、まともなトレードが出来ない人がたくさんいます。

知性のある人が優秀な投資家と言う訳ではなく、愚鈍な人間が駄目な投資家と言う訳ではありません。
「猿は人間に毛が三筋足らぬ」つまり、猿と人間の違いは、髪の毛三本程度と言う言葉がありますが、猿程度の投資家も、人として立派な投資家も、欲と恐怖に囚われたら、髪の毛三本程度の違いでしかありません。
相場の優劣には、もっと圧倒的な差になるものがあります。

冷静であるか、それが優秀な投資家と、愚鈍な投資家を別ける決定的な違いです。
そして、その冷静であるかどうかは、情報を吟味する時の態度でも同じです。

惑わされない

儲けるためには、重要な情報を誰よりも早く手に入れなければならないと思っている方もいます。

しかし、必要な客観的な情報はすべて公開されています。
秘密の情報など通常はありませんし、あってもあなたが知ることは不可能です。
もし、知ることが出来たとしても、それで取引を行ったら、インサイダー取引として違法です。

情報で最も大切なことは、惑わされないことです。
風説の流布と言う違法な行為がありますが、実際問題、世の中にはこの風説の流布まがいのことが横行しています。

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世に流布する見通しや意見は玉石混淆ではなく、ほぼ屑石ばかりです。
それは専門家の意見でも同じで、間違っていることも平気で書きます。
好意的に捉えれば、記事などの量産しなくてはならず、まともな検討など出来ないとも言えますが、語弊を恐れずに敢えて言えば、特定の機関のために特定の意図を持って書いているとしか思えないことが多いのです。

下落を煽り、買い集め、今度は売り逃げるために買い推奨を書く、このような事は日常茶飯事なのです。
氷山の一角はたまに捕まっていますが、氷山の下で大魚は悠々と泳いでいます。
悪質投資顧問や仕手筋の情報操作などだけでなく、悪名高き投資機関など、多かれ少なかれ、大多数が同じです。
彼らは、お金を得るため、あるいはあなたから分捕るための総力戦を戦っているのです。株式市場はある面、何でもありの嘘の世界です。

もちろん、すべてがそうだとは言いません。しかし、それは区別することは出来ないのです。
出来ればすべて参考にしない方が良いのです。
もし、参考にする場合は、結論は無視して、事実のみを裏を取りながら参考にしてください。

特に酷いのは、各銘柄の株式掲示板です。
出来れば、見ない方がよろしいとしか言いようがありません。
まず、無知、頓珍漢、稚拙な書き込みが横行しています。
それに混じり、特定の意図の買い煽り、売り煽りなどの印象操作、荒らし行為などがほとんどです。
もちろん、秀悦な意見もごく希にありますが、すぐに薙られていってしまいます。

新聞やテレビなどの既存メディアの経済記事等も同じです。
信じられないほどの稚拙さです。
記者やキャスターなどの彼らは、次から次ぎに起こる時事を追い掛け、表面的に捉えことを繰り返し、有識者の意見をつまみ食いし、知ったかぶりの人格破綻者になっています。

例えば有名ですが、昭和恐慌の時に、破壊的な物価の下落に歓迎記事を書き、不景気を徹底させよなどというスローガンを掲げたのが彼らです。
この程度なのです。その本質は今も同じどころか、何か信奉するイデオロギーのためやどこかの勢力の意図した印象操作を行っています。
FRBの発表などの報道の原文を当たれば、まったく違ったニュアンスであったという事は、非常によくあることです。

私は現在、余程で無い限り、新聞も読まず、テレビも見ません。
今はインターネットで情報収集が出来ますので、百害あって一利無しのマスコミからは、遠ざかっています。
そして、その結果、世の中の流れがよく分かるようになりました。
ちなみに有識者でテレビを見ない方は非常に増えています。
娯楽にしてもバラエティ番組を見るより、ネットに繋いで好きな映画でも見ていたほうが楽しいからです。

ただし、与党の政策は、その意味や及ぼす影響などは吟味してください。 もちろん、大きな政策だけで結構です。
例えば、細川内閣のときの電波帯域の開放が、今日の携帯電話全盛時代を日本でも作ったことは、誰もが理解できるでしょう。
国策につけとも言いますが、政策は実行される将来の現実なのです。

自力と自立

他力本願と自力本願と言う言葉がありますが、まさに株式投資は、自力本願の世界です。
(※本当は、他力本願と自力本願ではなく、他力本願と自力が正しいようです。)

自力で自立することは、難しいことでしょうか。
いえ、今日からでも出来ます。単に意識を変えるだけのことです。

当然に最低限の勉強は必要です。そして自ら調べること。自分で考えること。

この三つが大切ですし、これで充分です。

株式や市場経済や取引などの基本的な勉強は必要です。これは前提条件ですが、書籍が役に立ちます。
投資の検討をしている企業のことや取り巻く業界のことは、インターネットなどで自分でも調べる必要があります。他人の書いたものだけでは、重要なことを見落とします。
そして、いよいよ考えることは、あなただけしか出来ない、あなただけがしなければならないことなのです。

これが自ら立つと言う事です。

人の行く裏に道あり花の山

元々は千利休の言葉ですが、「人の行く裏に道あり花の山」という相場格言があります。
これは必ずしも人の逆を行えという意味ではなく、付和雷同をするな、人の通らない道を行け、自立せよと言う事を言っているのです。
自力で歩く覚悟に、花が咲くのです。

将来の花の山に最初に踏み込めば、あなたには友はいません、周りにはあまり理解者はいません、孤独です。
不安に駆られながら過ごす日々に、やがて多くの友が出来たころ、あなたは利益と共に黙って去って行くのです。

これが投資で、これが投資家なのです。

誰かに惑わされない、誰も信用するなと書いてきたことは、すべて、それこそが投資家の道だからです。

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