財務諸表は方便

自然科学と言うものは、はっきりしています。
方程式は実験によって導かれた物で、定義は厳密に決められます。

さて、人文科学や社会科学はどうでしょう。
定義そのものが曖昧で、方程式も仮説の範疇です。今現在の観測を示すに過ぎず、観測も観察者の美学に寄るところも多く、観点が違えば、結果や結論も違います。

その社会科学の1つが経済学ですが、常々経済学は科学ではない、経済学は何も解明していないと述べてきました。
近辺の混沌の愚者の楽園という投稿でも「混沌と妄想の経済学」という章を設けて記載しています。

決算に見え隠れするもの

指標は様々な一面

企業の価値というのは正確に表すことが出来ません。
様々な要素や要因があり、投資対象として考えても、企業の何を見るかによって、私たちの投資行動が変わります。
割安であるか割高であるかも、実際問題として客観的な判断基準がありません。

数々の投資指標というものは、新しい指標を作る過程の残渣に過ぎないものです。
PER、PBR、ROE、PEG、TSR、その他、諸々のものが、ある仮定に基づいた企業の一面、断面に過ぎません。

この事を踏まえて、投資対象の捉え方について書きます。

会計基準も実体を表すとは限りません

財務諸表の作成に関するルールに会計基準があります。

不確かな会社の状況を表すために工夫された物です。ですから、より実体に添うように改正されます。
また、企業会計には、財務会計、税務会計、管理会計などがあり、微妙な違いがありますし、数字が全く違ったりします。
会計には主な目的に、あるいは見る人に応じて、様々な切り口があるということがお分かりになるかと思います。
すなわち財務会計の財務諸表は会社を評価する一面ではありますが、外部に発表されるものは財務会計ですので、これに注目して投資の検討をされます。

また、会計基準も様々な種類があり、日本では、日本基準・国際会計基準(IFRS)・米国基準(USGAAP)などが一般的です。
当然に会計基準に正解というものはありませんので、様々な会社がそれぞれに採用する会計基準を選んでいます。

各基準は、少しずつ国際会計基準(IFRS)に歩み寄っているようですが、現在でも大きな違いが残っています。

※なお、執筆時現在の事象を前提に書いています。

景色の違い

この会計基準の違いによって、同じ会社でもまったく景色が違って見えます。
この違いを理解せず、機械的に評価する方がいます。
特に表面的な数字や四季報の数字しか見ない方は、大きな誤解をされている場合も多いようです。

リース負債

国際会計基準(IFRS)などでは、リース負債(国際基準:IFRS16・米国基準:ASC Topic8)と言うものがあります。
日本会計基準であれば、リースを導入して使用料を払います。これは経費になり、リース資産は簿外に置かれます。

国際会計基準等では、これを帳簿内に取り込んでいます。
リースを有利子負債として負債に計上して、一方、使用権資産として資産計上します。
リース物件は返さなければならない負債、あるいは資金を借りて使用権資産を取得しているというような意味合いです。
その結果、有利子負債と総資産は増え、株主資本比率は低下します。
また、リース料の支払いは減価償却・利息の支払いになります。

これは特に店舗等の不動産賃貸物件のリースに強く関わります。
例えば、店舗の多い、丸亀製麺のトリドールHD(3397)の本年度第二四半期の自己資本比率は四季報に寄ると、16.9%です。
同じく、吉野家HD(9861)の自己資本比率は39.1%です。

トリドールHDが負債の多い危ない会社に見えます。しかし、両者はリース負債を除けば、実際の負債比率は概ね同じ程度なのです。
この違いは、トリドールが国際会計基準で有利子負債を700億円ほど嵩上げされ、吉野屋が日本会計基準で決算をしていることに由来するだけの理由になります。

しかし、会社の景色が違って見えます。

※日本会計基準でも、このリース会計の適用を数年以内に予定・検討されています。

営業利益

また、国際会計基準は利益を区別しません。損失も区別しません。すべてが営業損益です。

日本基準であれば、営業損益と別に、固定資産売却損、固定資産除却損、投資有価証券売却損、災害損失などは、特別損失として計上します。
しかし、国際会計基準では、すべて営業損失です。

経常利益より営業利益を重視する観点があります。赤字を出しても営業利益が十分なら会社は大丈夫という見方ですが、そもそも国際基準には経常利益がありません。
良い例示がありませんでしたが、同じ利益を上げて、特別損失を出した企業も、日本基準と国際基準ではまったく景色が違って見えます。

その他にも様々な違いがありますが、これらに惑わされずに、実を見て他社と比較、又は判断することが必要です。

これも単純な決算数字からは、分からない景色の違いです。

財務状況は不確かなもの

財務諸表や決算は、大まかなものであり、会社の実体をあまり正確に表しません。
一端数字になってしまいますと、絶対のものと見えてしまいがちですが、同様に数字だけを見ていては、大きな判断ミスをしてしまいがちです。
これは大多数の投資家や評論家、経済記者なども同様です。

連結決算では、特に注意が必要です。

連結対象

連結対象は株式の50%超を持っている子会社です。
この50%というのは実質的な支配権が及ぶと言う事で、ほぼ機械的に決められています。
ただし、50%以下でも40%超で実質的に支配権が及んでいる場合は連結することがありますし、過半の株式を保有していても、一時的なものである場合や重要でない場合は連結しないこともあります。

しかし、50%が基準と単純に覚えていてもよろしいかと思います。
この連結子会社は、連結して決算をします。合算して財務諸表が作られると言う事です。

よく考えてみて下さい。なぜ50%超で区切るわけでしょうか。支配権があるなしで、財務に対する様相が変わるわけでしょうか。

つまり、50%超の持ち分の子会社の資産や負債、収益、費用のすべての項目は親会社と合算します。
49%の持ち分の子会社では合算しません。釈然としない、おかしさがありますよね。

もちろん、持分法と言うものもあります。
被投資会社では、20%以上~50%以下の株式保有の場合に於いて、経営上重要な影響力を持つ場合は持分法が適用され、純資産および損益を、投資会社の持分に応じて投資会社の連結財務諸表に反映させます。
これを単純に言えば、修正すると言う事です。
これらは関連会社と言いますが、合算ではなく、1行連結(仕訳一発で済む簡単な修正)と呼ばれます。
双方の会社がお互いに50%ずつ株式を持ち合うような確実に支配される合弁子会社でも、双方が連結しないで済ませる事もあります。腑に落ちない事象です。

被投資会社の話が出ましたが、この株式価値は時価で評価します。しかし、事業上の理由があって持っている株式は原価で評価します。
ですから、事業投資をしている場合は、営業損益になりますが、理由によって原価法にしている場合は営業損益にはなりません。

しかし、会社の実体に実質的に与える影響はほぼ同じです。いえ、単純に換算金額価値が大きいほうがより影響を与えます。

例えば、この釈然としなさ感は、ソフトバンクグループ(国際会計基準)の決算で説明されていることですが、16兆円に及ぶ持分の株式価値があるアリババ株の株価の上下は、営業損益にカウントされません。
しかし、ウーバー株の株価の上下は100%カウントされます。この矛盾は至る所にあります。

連結負債

これは以前にも書いた事ですが、連結子会社も別法人です。
連結されて合算記載された有利子負債は、あくまで本体の負債ではなく、必ずしも親会社が返済しなければならないものでもありません。
あなたが投資した会社の負債が、株式の持分に応じてあなたの負債になるわけではないことと同じです。

実際には、親会社本体が負っている負債、親会社が債務保証をしている子会社の負債、本業(重要な事業)に切実な役割がある子会社の負っている負債のみに、注目すればよろしいのです。
つまり、売却可能な子会社の負債であれば、売却してしまえば、連結から外れます。
もしくは、放置して潰れても構わない子会社のものであれば、実質影響のない、無視しても良い負債です。

会社に寄っては実質的な負債を説明する場合もありますが、多くの会社の場合、連結数字を示すだけになります。
しかし、これらを含めて自己資本比率が計算されますし、債務超過の判断もされます。

同じ連結負債でも意味合いがそれぞれの内容で違い、連結のバランスシートは切実さの実質を表していません。見栄えが変わるだけになります。
負債の額や比率を見て、単純に一喜一憂される方が見えますが、実を見る必要があります。

リース負債だけでなく、この連結の自己資本比率の数字の中味の意味合いも、それぞれの会社によってだいぶ違います。

連活資産

負債に対しての純資産の多さは安全性を表しますが、資産が多い事で単純に安心される方も見えます。
しかし、多くの場合、その資産の種類によって、だいぶ景色が違います。
のれん資産であれば論外ですが、例えば、鉄道会社の線路の土地資産や生産会社の工場は、売ることが出来ません。(人質に出来ると言う意味で、それなりの担保価値はありますが)

つまり、事業に関係のある資産や売りにくい資産では、いざと言う時に現金化が出来ません。
預貯金は別にして、資産は売却しやすい市場性のある株式などが理想ですが、本業に密接な子会社の株式では、売るに売れません。

しかし、多くの多業種の子会社を抱える、コングロマリット企業は、いざと言う時には比較的に自由に子会社株式が売却出来ます。
同じように苦境に至ったときでも、本業に特化した企業は潰れやすく、コングロマリット企業はほとんど潰れません。

同じ電気会社でも、シャープや三洋が破綻し、コングロマリットのソニーや東芝が苦境を経ても、曲がりなりにも生き残ったのを見ても分かるかと思います。
また、同じくコングロマリットの日立は、過去の7000億円もの大赤字から事業整理で見事に立ち直って、今では多大な利益を計上しています。

コングロマリットディスカウントと言って、コングロマリット企業が、それぞれの事業の価値を足した価値以下の評価しか受けていない一般的な傾向もあります。
しかし、実際は財務諸表では見えない、経営の失敗や時代や経済状況の変化に強い企業体質を秘めています。

とにもかくにも

ごちゃごちゃして、分かりにくい説明だったかも知れませんが、要するに会計基準は、あらゆる物に「勝手に線引」をして、これで「一応評価」しようと「勝手に決めたこと」に過ぎません。
試行錯誤の過程にある物(そもそも改定が頻繁にあるもの)が、会計基準です。
経済学が何も解明していないように、財務諸表や会計基準も、必ずしも会社の実体を説明したものではありません。

書き足りないこともありますが、切りがありませんので、ここではこれらの意味合いが少しでも伝わればよしとします。

長期投資はセンスを磨く

短期投資では表面上の決算で株価が動けば、それもまた一興ですが、長期投資では、長期的な成長の果実(トータルリターン)を追い求め、資産価値の増大を目指すことになります。

会社のどこに注目するか、何を見るかが投資の成果に繋がります。
割安さ1つを取っても、PERやPBR、あるいはPEGを単純に見るのではなく、切り取る断面が重要です。
その断面から見え隠れする景色は、決算の単純な数字を見ていても、目の前に広がってくれません。

スクーリングして、投資対象を選ぶ方が見えますが、否定はしませんが、最初の切っ掛けを超えるものではないと思っています。
会社の土壌の環境から、未来の風景を見て、一本釣りが私のやり方です。一過性の数字を見ているだけでは、長期投資は出来ません。

おそらくバフェットを始めとする長期投資家のほとんどが、そうではないでしょうか。